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読書魂!司馬遼太郎

May 31, 2009

「峠」司馬遼太郎著4

Blogを書くことを、ちょっとひと休みしたつもりが
気づくともう5月も終わりです。(2ヶ月近く空いちゃいました。)
今年もまた半年くらいが過ぎ去ったことになります。

もたもたしていると、今年もまた一年間、
なんにも進歩なく終わってしまった…、
なんてことに成りかねません。

でも、本当は決してそんなことはなく、
日々のわずかな積み重ねがあるからこそ、
今もこの先の人生も成り立つのでしょう。

さて、今日紹介する作品は、
幕末の風雲期を一時の無駄も無く
強い個性で駆け抜けた豪傑のお話です。

【峠】上中下 司馬遼太郎著/新潮社
単行本(上下巻) 1968年発行
新潮文庫(新装版) 2003年10月発行

峠 (上巻) (新潮文庫)峠 (中巻) (新潮文庫)峠 (下巻) (新潮文庫)

物語の舞台となるのは、今年のNHK大河ドラマ「天地人」の前半の舞台と同じ越後長岡です。司馬作品の中でも人気作品のひとつで、「花神」などと合わせてNHKでもドラマ化もされており、それまで世間に知られていなかった7万石あまりの小藩の家老の名を一躍有名にしました。
(なお、本作品は詳細な史実の研究をもとに書かれた作品ですが、一部で著者の創作が含まれているということです。)

河合1photo: 河合継之助
長岡市観光サイトより

なにより主人公、河合継之助の強烈な人間力に惹き付けられます。
それは彼独特の行動美によるものであり、坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰らにも負けず劣らずの"生"のエネルギーによるものです。

幕末という時期において、誰よりも先見性に秀でた開明論者であったはずの継之助。にも関わらず、彼は武士として、譜代大名である牧野家の家臣としての道を模索します。そこには官軍に属して徳川家を討つという選択肢はありません。彼の出した答えは、完全武装によって中立藩となること。そして、官軍と幕軍の調停役になるという小藩には途方もなく険しい道でした。

「峠」というのは、江戸や京と越後を隔てる雪国特有の地理的な「峠」、そして、苛烈を極める北越戦争に突入するきっかけとなった小千谷慈眼寺での会談までの外交を比喩したものです。

河合2photo: 小千谷慈眼寺
長岡市観光サイトより

知識と行動が必ずしも一致しないという陽明学を学んだ継之助の行動は、ときに型破りで、いやもうむちゃくちゃ…。江戸の久敬舎の門人だった佐吉少年(後の刈谷無隠)や義兄の梛野嘉兵衛などは理解者であると同時に、たびたび振り回されている様子が可笑しくもあります。
むちゃくちゃといえば、好色この上なかったらしく藩費や実家からの仕送りの大部分を遊郭で浪費していたという話もあります。でも、夫婦仲は良かったらしく妻の"おすが"との微笑ましい逸話も沢山でてきました。

小山良運、福地源一郎などの知識人と深い親交のあった継之助ですが、幕末期の日本にあってあまりに合理的な彼の思考は、一方で武器商人スネルやスイス商人ファルブランドなどとも繋がっていくことになります。皮肉な事に「西洋人のほうがウマが合う」と継之助は感じていたようです。

激烈な継之助の行動は、結果として藩を窮地に追い込みます。
長岡城奪還の際、官軍に徴発されていた藩民を殺戮するに至る悲劇もあり、
今でも土地の人には賛否が残っているようです。
時代の激流に身をまかせて、官軍側に付いてさえいれば…。
ですがこの辺りの、自分の武士道倫理に殉ずるという
ある意味"忠臣蔵"的な生き様は、
古くからの日本特有(武士特有)の美意識として、
日本人の共感を得る姿なのかも知れません。

僕にはその行動の正否を判断することはできません。
しかしながら、継之助の考える武士としての生き様、
美しさ潔さを感じることはできました。
願わくば、僕も男として悔いのない
がむしゃらな人生を歩むことができたなら。(また飛躍しすぎ…?)

ちなみに越後長岡からは、日本海軍提督となる山本五十六も出ています。
越後長岡は厳しくも美しい土地なのでしょうか、
郷土に誇りを持って行動する歴史上の人物を
とても多く排出している気がします。

・「峠」参考サイト
新潟県長岡市の観光情報
http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/

司馬遼太郎を読む
http://shiba-ryo.net/


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mikey2006 at 04:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

August 22, 2008

「坂の上の雲」司馬遼太郎著(3回目)5

予定してなかった3回目です。
興味ない人には全く興味が湧かない内容と思いますが、
一応、書きたいことを書いておかないと次に進めないもので…。

【坂の上の雲】(一〜八)司馬遼太郎著/文春文庫
1999年発行(新装版)



まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。
(「坂の上の雲」冒頭より)

日本は、明治維新から30年あまりの間に日清戦争、日露戦争という2つの大きな戦争を経験しました。国家として日本が初めて経験する戦争、しかも相手は広大な領土を誇る大国でした。

近代史の上では新兵器や戦術の研究も盛んな時代で、それら情報を得ようと諸外国からの注目も大きくなります。どちらの戦争も日本が負けるという見方が大半でしたが、そこに各国の政治的な事情が加わり戦局にも大きな影響を及ぼしました。特に、東アジア圏での利権をめぐる列強の綱引きはリアルに分析されていて興味深く読めました。
そして、その世界の列強に仲間入りするため、また列強支配の侵食を食い止めるために数多くの人材が死力を尽くすことになります。「坂の上の雲」は、先に述べた3人を中心に彼らの群像劇として描かれています。

山本権兵衛、小村寿太郎、渋沢栄一、大山巌、児玉源太郎、東郷平八郎、島村速雄、広瀬武夫、加藤友三郎、佐藤鉄太郎、そして乃木希典、さらに諜報活動を担った明石元二郎などなど名前を挙げると切りがありません。(一人一人に対する感想もまとめたいんですが、ここでは無理なので名前だけで。)大車輪の動きをみせる児玉源太郎、過酷な前線の指揮官達の奮戦、海軍の優秀な参謀達の頭脳戦や心理戦など読み応え十分な内容です。

児玉 photo:児玉源太郎
 「坂の上の雲」ファンサイト「春は昔」より
 http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/


東郷 photo:東郷平八郎
 「坂の上の雲」ファンサイト「春は昔」より
 http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/


彼らの多くが戦時中や戦後間もなくに命を落とすか、要職を去ることになるのも悲しいことです。過労が原因で急逝したという人も多い…。その後、軍政の腐敗から太平洋戦争に繋がって行くことを考えるといたたまれません。
当時の欧米列強の微妙な力関係も分かりやすく見て取れます。大ロシア帝国の傲慢さ、イギリスの政治力、フランスの狡猾さ、ドイツのしたたかさなどがそうです。新興国であるアメリカ(ルーズベルト大統領)の野心にも興味深いものを感じます。そして、日清戦争時の中国は雇われの兵が多く、国のために命を賭して戦う意識が低かったことにも驚きました。当時の中国人は人が良いという印象で、そんな性格的な面を列強に利用されていたのではと思いました。

また敵国であるロシアについては特に勉強になります。ロジェストウェンスキー提督は中盤から主役級に詳しく描かれていた印象もあります。負ける要素などほとんど無かった戦争、そこに内政的な事情で出兵し大敗を期す。しかし、同情するにはあまりに多くの兵を無駄死にさせてしまいました。軍人としての能力はあったかも知れませんが、艦隊の司令官としてはあまりに人徳(他に想像力も)が無さ過ぎたようです。でも、なぜか憎めない…。

ここまでで終わりにしたいと思います。

「坂の上の雲」は、大海に夢を抱くというような
純粋な男心を刺激する話なんです。
今後も明治を扱った(読みやすい)文献や小説があれば
どんどん読んでみたいと思うようになりました。

他に日露戦争の資料として、「旅順/柘植久慶著」(PHP文庫)を読んで参考にしてます。

blog続き
・1回目
http://app.blog.livedoor.jp/mikey2006/tb.cgi/55119791
・2回目
http://app.blog.livedoor.jp/mikey2006/tb.cgi/55120676
・3回目
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祝!女子ソフトボール金メダル!
そして、なでしこジャパン残念っ!

星野ジャパン無念…。
岩瀬かわいそうだけど仕方ない。
せめて銅メダル取れるように応援しますよ!

mikey2006 at 23:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

August 20, 2008

「坂の上の雲」司馬遼太郎著(2回目)5

昨日から感想の続き。
なるべく一気に書いてます。

日が経つとまたおっくうになって書き切れませんから…。

【坂の上の雲】(一〜八)司馬遼太郎著/文春文庫
1999年発行(新装版)



僕はこの小説の中で、明治という時代は、日本語が文学として体系化された時代でもあることを知ります。それ以前は、そもそも読み書きができる一般人も少なくまた大衆向けに表現が工夫されることもなかった。そんな時代に、新聞や独自の批評を交えた出版物を通して文学を大衆の身近な娯楽として成り立たせてくれた人達がいたことを知ります。その代表格が夏目漱石であり、正岡子規でした。

正岡子規(1867-1902)
秋山真之とは「淳さん」「のぼるさん」と呼び合う仲で、中学から大学予備門まで同窓だった正岡子規。日本の近代文学の巨星です。
大学予備門では、夏目漱石や尾崎紅葉らと同級生。卒業後、恩師である陸羯南が編集長を務める「日本新聞社」で記者を続けながら短歌や小説などの創作活動を続けます。そして、肺を患い7年間の闘病生活の後、文芸史に多大な功績を遺し35才という若さで亡くなります。

"子規逝くや十七日の月明に"
最期まで子規を看病していた高浜虚子が即興でくちずさんだ歌。

子規は大胆な文芸改革をやってのけた人ですが、幼少時代は気弱だったようで親から将来を心配されたりもします。中学時代は真之らから「青びょうたん」というあだ名も。しかしながら、生来何事にも中心にいたい性分のようで文芸の面で徐々にそれを発揮することになります。真之が本格的に書生を志したのも、中学時代に子規が編集長として創作していた新聞の活動に誘われたことが大きいようです。子規も、腕白な真之の存在が羨ましかったので声をかけたとも考えられます。

体調が悪いのを推して日清戦争にも記者として従軍します。もちろん日本という国を背負って戦う親友のことを気に留めてのことであり、戦争で国全体が昂揚した中でその活躍を羨ましくも感じていたからかも知れません。結局は、これが原因で病を悪化させることとなりますが本人は本望だったようです。

子規 photo:正岡子規
 「坂の上の雲」ファンサイト「春は昔」より
 http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/

"武蔵野のこがらし凌ぎ旅ゆきし
   むかしの笠を部屋にかけたり"

根岸の子規庵にて療養中、元気なときに一緒に旅した菅笠を部屋にかかげて詠んだ俳句です。

子規の詩歌は、詠み上げられた際に情景が鮮やかに浮かぶ"写生"と言われ、俳壇に新風を起こします。芭蕉や蕪村の歌でも絵画的なものが好きで、体が(少しでも)動く間は好きな旅をしながらの創作や埋もれた俳人の発掘を欠かさなかったようです。そんな好奇心旺盛な子規が病床に伏せざるをえない状態となり、外界への想いは募る一方ではなかったでしょうか。世界中を視察してまわる真之と比べ、子規には六畳一間とそれに隣接する小庭が全てという環境の中で「ホトトギス」の連載を続けます。また、彼を慕うものも多く同郷の高浜虚子や河東碧悟桐などに志をは受け継がれて行きました。

それから正岡子規は野球とも深い関係があります。幼名の「升(のぼる)」にちなみ「野球(のぼーる)」という雅号を用いたり、「打者」「四球」「遊撃手」などベースボールの日本語訳を作ったのも子規ということです。(正岡子規は野球殿堂入りしています。)

正岡子規については以上。
結局2回で主役の3人についてしか語れなかったので、
その他について3回目もまとめるつもりです。

blog続き
・1回目
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・2回目
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・3回目
http://app.blog.livedoor.jp/mikey2006/tb.cgi/55121218

・正岡子規の参考サイト
http://www.shikian.or.jp/

・「坂の上の雲」参考サイト
http://www.sakanouenokumo.com/
http://www.z-flag.jp/sakakumo/
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/
※NHKのTVドラマは、2009年から3年にわたり放送が予定されてるようです。

歴史的な事実と明らかに違う点などあればご連絡を…。

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今日の女子ソフトボールの2試合は本当に観てて疲れました。
でも、勝って良かった!

それに比べて野球は大丈夫かなぁ…。

mikey2006 at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

August 19, 2008

「坂の上の雲」司馬遼太郎著(1回目)5

文庫1

春先の忙しい時期に
ちょこちょこと3ケ月くらいかけて読んでいた長い歴史小説です。
少しづつ整理しながら、少しづつ読み返しながら
(北京五輪を観ながら)感想をまとめましたよ。
ぶっちゃけ2回に分けましたが、読みたい方だけ読んでください。

【坂の上の雲】(一〜八)司馬遼太郎著/文春文庫
1999年発行(新装版)



伊予松本を同郷にもつ三人(秋山好古・真之の兄弟と正岡子規)の人生を軸に、明治という日本の聡明期をおった物語です。明治維新後、明治政府の中心にいたのは薩長閥でした。しかしながら、時代は身分に関係なく在野の才能豊かな人材を欲し、多くの若者は皆"立身出世"し新しい国家の礎を築くことにまい進していました。幼年時代に、幕藩として明治維新を向かえた3人はより強く実力で身を立てることを願ったようです。

秋山好古(1859-1930)
後年、兄の好古は「日本騎兵の父」と呼ばれます。「坂の上の雲」を読む限り、好古は特に風変わりだったように思われます。キワモノといっても良いくらい。異常なまでの質素倹約家であり弟真之もこの兄に厳しく躾けられます。さらに無類の酒好きで、日清、日露の戦場においては銃弾が飛び交う圧倒的不利な状況下でも、片手にグラスを持ち酒を飲み続けて指揮したと言われる人物です。

幼年時代には、実家の生計を助けるためにとても辛い風呂炊きの仕事を続けるなど苦労を重ね、タダで勉強できるという理由で師範学校、士官学校を受験し合格します。卒業後、陸軍騎兵の育成に尽力し、特に日露戦争時に世界最強のコサック騎兵を相手に善戦することになります。この辺りはまさに死闘の連続で、よく「破った!」という表現が使われてますが局地的にみると一概には判断できない状況だったようです。とにかく負けないこと退かないことが精一杯…。
当時の陸軍では騎兵の価値や用い方に理解を示されておらず、本来の騎兵の役割ができる編成でもなかったようです。騎兵なのに最前線で圧倒的戦力差のある敵を食い止めるなど、戦略的な使われ方は皆無のようです。細長い島国である日本では、もともと地形的に騎兵が用いられる戦は少なかったことも理由です。
「騎兵による襲撃は天才のみがやれる戦法」と言われ、突撃のタイミングが非常に難しい騎兵部隊。一歩間違えば即全滅という状況での秋山支隊の活躍は手に汗を握りました。

秋山好古 photo:秋山好古
 「坂の上の雲」ファンサイト「春は昔」より
 http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/

ひとつのお椀で交互に兄が酒を飲み弟が飯を食べる。下宿を進めた後輩はその粗食ぶりに皆逃げ出す。こういう話が強烈に頭に残るので、上司にしたくない人ナンバーワンというのが僕の印象です。そして、決して自らの武勇を誇ることがなく、人間的には非常に魅力的な人物だと思いました。

秋山真之(1868-1918)
もともと正岡子規とともに文学を志し大学予備門に入学しましたが、自ら退学し海軍の士官となる道を選びます。理由としては経済面のことや、目指すならばその分野で一番になりたいという当時の若者特有の心理があったようです。そして、弟の天性の直感力が軍人向きだと感じた兄もそれを認めます。
その後、日清戦争時は海軍少尉で、小さな巡洋艦に搭乗。日露戦争時は少佐で、無二の作戦家として旗艦三笠に搭乗し、近代史に残るロシアのバルチック艦隊との海戦で完全勝利を成し遂げます。ただし、このバルチック艦隊との開戦に至るまでのプレッシャーや多くの人の死に直面し、戦後はより神秘的な考え方に寄っていって「同人格に天才と狂人が同居している」と揶揄(やゆ)もされたようです。

幼年時代は、手に負えないガキ大将。子規とは中学時代から親しくなり、真之が東京大学予備門を中退するまでの間、幾度となく政治や文学について言葉を交わした様子が伺えました。書生時代は親友でありライバル。自分に無い才能や性格に、お互いに惹かれた合ってた気がします。
兄の好古とは、常に弟が兄を慕う間柄。赤子の頃から海軍の士官学校に入学するまで経済的に世話になっていた真之は、好古にだけは頭が上がりませんでした。

そして、この物語のクライマックスは真之が飾ることになります。
バルチック艦隊との日本海海戦における彼が立案した「七段構え」の作戦などには映画でも観ているような気分になります。実際には、東郷司令長官の機転も加わる形で成し遂げられますが、この辺りの話は後述する予定。
また、真之の才能は作戦立案と共にその電文の見事さにも定評があり、この海戦の「本日天気晴朗なれども波高し」という起草文は有名です。

秋山真之 photo:秋山真之
 「坂の上の雲」ファンサイト「春は昔」より
 http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/

「知謀湧くが如し」と評される弟真之。主席で海軍兵学校を卒業しますが、同期からは「秋山はいつ勉強してるのか」と言われるほど何事にも要領が良かったようです。人間臭さのある兄に対して、天才肌で繊細な神経の持ち主というのが僕の印象です。本来は先頭に立って周りの人々を引っ張っていくタイプですが、部下に対する優しさも持ち合わせており、そういう面が後年の不遇さにも表れたのではないでしょうか。

(ちなみに勝ってながら「銀河英雄伝説」のヤンの設定は、この秋山兄弟がとても参考にされて生まれてきたキャラクターだと思ってます。)

この辺りで一度区切ります。
次回は、正岡子規とその他についてまとめる予定。

日本の歴史は、源平合戦、戦国時代、幕末などは人気もありTVドラマなどで一般の人にも親しまれています。しかし、開国後に国家として日本が世界に認知されるようになった明治という時代はあまりに語られなさすぎではないでしょうか。近代史の始まりであるにも関わらず…。「坂の上の雲」では主役の3人と共に、この時代のキーとなる人物が多く登場し、著者による人物の人となりも解説されてますので、ぜひとも近代日本史の入門として読んでもらえると嬉しいです。

blog続き
・1回目
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・2回目
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・「坂の上の雲」参考サイト
http://www.sakanouenokumo.com/
http://www.z-flag.jp/sakakumo/
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/
※NHKのTVドラマは、2009年から3年にわたり放送が予定されてるようです。

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May 27, 2007

「世に棲む日日」司馬遼太郎著4

移動用、外出先用に読んでいた歴史小説を読み終えました。
吉田松陰も高杉晋作も、30歳にも満たない若さで亡くなっているのですが、その人生は濃すぎます。その濃い人生をほんの少しだけ垣間見たに過ぎませんが、とても自分には及ばない生命力が溢れていたのが伝わって来る。
ちょっとだけそのエネルギーを分けてもらいました。

あっ、参院選も近いので国のことを考えるために・・・(←ウソ)。

【世に棲む日日(一〜四)】 司馬遼太郎著/文藝春秋
1972年発行



先に読んでいた「花神」と対をなす幕末の長州藩のお話です。吉田松陰(吉田寅次郎)から高杉晋作へと受け継がれる革命思想の系譜が主なテーマとなっています。
この両名の身辺というか、思想からくる生き様が中心に描かれており、薩長連合や大政奉還など日本全体の大局にはあまり触れていなかったように思われます。その分、松蔭と晋作についての研究は、交流のあった様々な身分の人々の文献や取材によって、著者なりの考えが随分深く掘り下げられているように感じました。

前半は、吉田松陰が中心。人が良くて何事にも純粋な寅次郎は、信念(正義、忠義)のままに行動します。そのことを自ら「狂」と名付けています。その思想や行動には賛否も多いようですが、その思想への純粋さという点では他に類をみません。最後には問われてもない未遂の罪を自ら告白し、刑死を免れなくなってしまう(涙)。

後半は、高杉晋作が家柄に苦悩しながらも、松蔭の意志を継ぎ統幕への革命行動に身を投じて行く様が描かれます。長州藩内でのクーデターを成功させるあたりの行動力は、後年例えられた通りまさに「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」で圧巻でした。
二人とは、親交が深いはずの桂小五郎のエピソードが少なかったのが残念かも。劇中は、ほとんど行方不明だった・・・。(行方不明中の様子は「花神」のほうで描かれてます。)

境遇や性格は全く異なる二人ですが、共に藩や友人達からは非情に深く愛されており、度々の騒ぎを起しては寛大な処置で事なきを得たりしてます。特に晋作は、多くの町人身分の人たちから強い指示を得ていたようです。
思想とか革命とか難しいことは語れませんが、なにか事を成すためには先ずは人柄。愛され信頼される人間関係が不可欠で、それは計算でできるものではなさそうです。

幕末の話については、たまに書きたい衝動に駆られますが、考えをまとめるのが手間な為、すこーしづつネタ出しするつもりです。

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白鵬が2場所連続優勝を決めて「横綱」確定!
せっかくなら朝青龍をきっちり破って締めくくってほしい。
モンゴルでは大騒ぎだそうで、例えるなら、
MLBのワールドシリーズで、松井、松坂、イチロー、城島、井口、田口くらいが全員先発で出場するくらいスゴイことだと思います。

ちなみに今日は、ダービーか・・・。

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April 27, 2007

「花神」司馬遼太郎著5

上中下巻をついに読み終えました。
司馬遼太郎先生の幕末歴史小説のひとつ「花神」(かしん)です。幕末をテーマにした話としては、戦のシーンは少なめでしたが、それでも読みごたえ十分。フィクション、ノンフィクションに関わらず、僕は大河ドラマ(NHKではない)好きなので、登場する歴史上の人物ひとりひとりに感想があるくらいです。
また、著者がこの物語を書き終えたのが、ちょうど僕が生まれた頃だということにも、ちょっとだけ感慨を覚えました。

【花神】 司馬遼太郎著/新潮文庫
1976年発行



「花神」とは、中国では花咲爺の意味で、幕末に討幕という花を咲かせた大村益次郎の物語です。百姓身分の出身である大村益次郎(村田蔵六)が、彗星のごとく幕末史に登場し討幕から近代兵法の基礎を築くに至るまでの生涯を追います。
蘭医学や翻訳を通じて、兵法(兵器製造、統帥学、戦術論・・・)までも身に付けた大村は、歴史に導かれるかのごとく長州の難局を、一人の技術者として乗り越えます。急激に西洋化が進む時代において、「花神」は医学や学問、兵法といった技術の物語とも言えます。

幕末に勇名を馳せるお志士や新撰組などのお馴染みの人物以外にも、
シーボルト、ヘボンといった外国人医者、緒方洪庵、二宮敬作、松本良順、福沢諭吉といった日本の医学史や学問史に残る学者も数多く紹介されるので、純粋にたいへん勉強になります。中学くらいの日本史の勉強は、これを読むだけで良いような気がする・・・。

こういう記載もありました。
函館の榎本武揚軍が降伏した後、戊辰戦争の論功行賞のことについて。最大は西郷隆盛(二千石)で、次に木戸孝允と大久保利通(千八百石)。大村はこの三人に次ぐ千五百石であったそうです。以下、板垣退助、後藤象二郎、小松帯刀は千石、山県有朋は六百石と紹介されています。
当時では知らぬ者も多かった大村益次郎は、志士の間ではかなりの嫉妬をかったらしく、これが後年の悲劇にも繋がります。
論功行賞などが具体的に存在してたことなんかも、全く知らなかったので感心するばかりです。書ききれないんで、取りあえずこの辺で。

この作品は、吉田松陰と高杉晋作を主人公にした「世に棲む日々」と対をなすということなので、次はこれを読んでみようと思ってます。

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明日は、松坂VS松井のメジャー初対戦が実現しそうです。

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January 12, 2007

二十一世紀に生きる君たちへ(続き)

前の書き込みからの続き。

以下は「二十一世紀に生きる君たちへ」からの引用です。


-----

助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることといってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。

中略

みな似たような言葉である。
この三つの言葉は、もともとは一つの根から出ているのである。
根といっても本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。

-----


ある出版社からの依頼で1980年代に書かれましたが、当初その教科書を採用する学校はなかったそうです。何年か経過して、一人の熱心な先生によって実際の授業で取り入れられるようになったということでした。本文にもありますが、これは時代や国、地域に関係なく通じるであろうことを何度も自問自答して書かれたそうです。羨ましい小学生がいたものです。
僕はこの文章の価値を判断するような立場にありませんが、共感し受け入れられるメッセージであることは確かなので紹介だけしておきます。

ずっーと前に務めていた会社のN先輩が、司馬遼太郎が亡くなったときに大きなショックを受けていたのを思い出します。今よりもっと未熟だった僕は、当時その事実を流して聞いていましたが、今になってもっと沢山のメッセージを残して欲しかったと偲ばれます。

mikey2006 at 01:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

January 11, 2007

二十一世紀に生きる君たちへ

乾燥してはいるものの空気が程よく冷たく、僅かな風も気持ちが良い。今日は良い天気でした。気持ちのギアを入れ直すのにちょうど良いタイミングだと思って、前々から手元に持って置きたかった本を買いました。正確には欲しかったのは、書籍ではなく「文章」だったので、その文章の全文が記載されていれば何でも良かったのでした。

それは、「二十一世紀に生きる君たちへ」という司馬遼太郎が小学校の教科書用に書き下ろした文章で、昨年イヤな事件が続くなかで、何度かメディアにも登場していたものです。

二十一世紀に生きる君たちへ
(併載:洪庵のたいまつ)




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